厳しい経営環境、成果主義の徹底、マネジメントの強化、そして複雑な人間関係。
更に新型コロナウィルスの影響での働き方の変革で、働く人々の職場でのストレスと心の病は年々増大傾向にあり、社会全体の深刻な問題となっています。
2015年からはストレスチェック制度の導入が義務化され、事業場が計画的にメンタルヘルスケアへ取り組むこと、専門家と協力しながら従業員・管理者・人事担当がそれぞれの役割を果たすことが重要です。
では、具体的に「メンタルヘルス」とは何なのか。なぜ今、企業でメンタルヘルス対策が必要なのでしょうか?
メンタルヘルスマネジメント検定の資格を持つ著者が説明していきます。

メンタルヘルスとは?

厚生労働省が2006年3月に策定した【労働者の心の健康の保持増進のための指針】によると、「メンタルヘルス不調」は下記のように定義されています。
「精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むものをいう。」

このように、メンタルヘルス不調には精神疾患だけでなく、強いストレスや不安感などの精神状態も含まれます。そしてメンタルヘルスには、職場や生活環境が大きく影響します。

労働者のストレスの現状

厚生労働省が5年ごとに実施している「労働者健康状況調査」の結果「仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスがある」と回答した労働者の割合は60%を超えています。
男女別に見ると、男性で60.1%・女性で61.9%、雇用形態別で見ると正社員64.1%・契約社員62.7%・パートタイム労働者45.3%・派遣労働者が68.1%でした。

原因としては男女とも「職場の人間関係」「仕事の質の問題」「仕事の量の問題」が高率となっています。
厚生労働省「労働安全衛生調査」より作成
ストレス過多の状態が続くと、心身の健康が損なわれます。
労働安全衛生調査の結果によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者がいる事業所の割合は10%であり、500人以上の規模の事業所では80%を超えました。
そのうち、職場復帰した労働者がいる事業所の割合は51.1%でした。
厚生労働省「労働安全衛生調査」より作成

精神疾患加え「5大疾病」に

2011年、地域医療の基本方針となる医療計画に盛り込むべき疾病として指定してきたがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の4大疾病に、新たに精神疾患を加えて「5大疾病」となりました。
職場でのうつ病や高齢化に伴う認知症の患者数が年々増加し、心の健康問題がこれまで以上に我が国全体の取り組むべき大きな課題となっています。

なぜ今、企業でメンタルヘルス対策が必要なのか?

心の病気を発症すると、大半の例で作業効率が低下します。長期にわたる休業が必要となるケースも多く、周囲への負担が増えたりチーム全体の成果が落ちることで職場の雰囲気や活力へも影響が出ます。
メンタルヘルスは労働者個人の問題ではなく、職場全体の問題として考えるべきなのです。
裏を返せば、ストレス対策を効果的に行えば、職場の活性化や業務効率の向上へも繋がります。

更に最近では、労働者の心の健康問題に対して民事訴訟で企業の責任が追及されたり労災認定されるケースもあり、企業としての社会的地位にも影響が大きく出ています。リスクマネジメントの側面からメンタルヘルス対策を推進することが重要視されているのです。

厚生労働省は、令和4年までに「メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上にするという目標を発表しています。
平成29年のデータでは、取り組み企業の割合は 58.4%でした。
また、事業所規模別に見ると、300人より大きな規模の事業場ではほぼ全体が対策に取り組んでいますが、300人より少ない事業場ではまだ取り組みができていない事業場が多い傾向です。

企業がメンタルヘルス対策へ取り組む方法

では、具体的に企業としてどう取り組んだら良いのでしょうか。

ストレスチェック制度の実施
ストレスチェック制度とは、ストレスチェックテストの実施やテスト結果にもとづく面談指導、集団ごとの集計・分析など、メンタルヘルスケアにおけるストレスチェックの一連の流れを網羅した制度のことです。常時50人以上の事業所に対して、1年以内ごとに1回、定期に実施することが義務付けられています。(従業員数が50名未満の事業所に対しては「努力義務」)。
「ストレスチェックテスト」を実施することで、労働者自身が直面しているストレスに気づき、メンタルヘルス不調のセルフケアをおこなうきっかけになるとともに、管理者も部下のストレスに早期に気づくことで対応することができます。

相談窓口の設置
平成30年度の労働安全衛生法によると、労働者数50人以上の事業所において、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所(90.7%)のうち、事業所内での相談体制の整備を行っている事業所は50.1%となっています。
もちろん、相談窓口を設置したとしてもすぐに相談してもらえるとは限りません。相談をすることはとても勇気のいることです。ですが、実際に相談した人の声としては「人に話せて楽になった」「心が軽くなった」などの心境の変化を経験しています。
上司や同僚などに相談ができて適切な支援が得られると、仕事を円滑に進めることができ、安心して働くことができます。助けを求めることができて、お互いが助け合える職場は働きやすく、心の健康に良い影響をもたらすのです。
特に、身近に相談できる人がいない人や、テレワークのように孤立した環境で仕事をしている人にとって、気兼ねなく相談できる場所があるかどうかは非常に重要です。

職場環境の把握と改善
労働者のメンタルヘルス不調には、物理的な職場環境(作業環境・作業方法・施設・設備など)だけではなく、労働時間・仕事の量と質・職場の人間関係・職場の風土や文化など、さまざまな要因が影響しています。とくに最近では、パワーハラスメント・セクシュアルハラスメント・マタニティハラスメントなどの職場内ハラスメントが原因で、メンタルヘルス不調に陥る労働者も増えています。
対策効果を定期的に確認しながら継続的な改善をおこなうことが必要です。

メンタルヘルスケアを推進するための教育研修・情報提供
労働者、管理監督者それぞれの立場に合ったメンタルヘルスケアの教育や研修は、「セルフケア」「ライン(事業所)によるケア」の促進につながります。
教育や研修は自社でおこなう以外にも、研修会社の提供するメンタルヘルス対策の研修を活用することもできます。適切な研修を利用して労働者のメンタルヘルスへの理解を深めることで、メンタルヘルス対策を強化できます。

メンタルヘルス対策の3つのステップ

メンタルヘルスケアのポイントは3つの予防です。

一次予防「メンタルヘルス不調を未然に防ぐ」
まずは、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防ぐことです。
メンタルヘルスケアやストレスマネジメントの研修、ストレスチェックの実施などを通じて、職場環境の改善と、労働者のメンタルヘルスに対する意識を向上させることが大切です。
事業主がメンタルヘルスケアを積極的に推進することを表明し、メンタルヘルス不調を事前に予防するため、労働者に対しストレス、メンタルヘルス不調に関する情報提供、ストレスチェックの実施、職場環境の改善などの取り組みがこの一次予防に当たります。
また生活習慣改善のために適度な運動機会を提供することも、一次予防につながります。

二次予防「メンタルヘルス不調の早期発見」
二次予防では、医師の診断前の段階で、なにかしらの精神的不調を抱える労働者の早期発見・早期対応を目指します。具体的な対応方法としては、労働者からの相談を受ける窓口の設置や、産業医との面談機会の提供、ストレスチェックの実施、メンタルヘルス専門の外部サービスとの連携などが挙げられます。

職場の同僚や管理者などが、労働者の“いつもと違う様子”に気づき、早期段階で支援することも大切な取り組みの一つです。

三次予防「メンタルヘルス不調者の復職支援体制の整備」
三次予防では、メンタルヘルス不調によって休職した労働者の職場復帰をサポートします。産業医や衛生管理者、保健師などの産業保健領域の専門家との面談や、復職支援プログラムの提供など、復職までの一連の流れをフォローすることが求められます。

三次予防を疎かにしてしまうと、労働者の離職につながります。そのため、復職へのフローを企業内でしっかりと設定しておくことが重要です。

企業のメンタルヘルス対策に重要な「4つのケア」

会社内で適切なメンタルヘルスケアを進めていくためには、4つのケアがを継続的に、計画的に行われることが重要とされています。

セルフケア
ストレスチェック制度などを利用し労働者自身がストレスに気づき、メンタルヘルス不調に対処するための知識や方法を身につけて対処するのが「セルフケア」です。メンタルヘルス不調について正しく理解できるよう、企業は労働者に対してメンタルヘルスに関する教育研修や情報提供を行います。

ラインによるケア
管理監督者(上司)にあたる者が、部下のメンタルヘルスの状況を把握し、相談対応を行い、改善を図ることが「ラインによるケア」です。
企業は、業務のライン上に位置する管理監督者に対して、「ラインによるケア」に関する教育研修や情報提供を行います。

事業場内産業保健スタッフなどによるケア
産業医や衛生管理者、保健師などの事業場内産業保健スタッフなど、メンタルヘルスの専門的な知見を持つスタッフによるケアを指します。セルフケア、ラインによるケアが効果的に実施されるように、専門スタッフが労働者や管理監督者をサポートします。
具体的には「メンタルヘルスケアの実施に関する企画立案」、「事業所内外のサポート体制の構築」、「個人の健康情報の取り扱い」など、メンタルヘルスケア計画の全体的な取りまとめ、監修などを行います。

事業場外資源によるケア
従業員支援プログラム(EAP)や、労災病院・診療所、都道府県産業保健指導センター、地域産業保健センターなどの事業場外資源がメンタルヘルス対策をサポートします。専門知識を持った機関から情報提供や助言を受けることでのネットワークの形成、職場復帰における支援などがケアに含まれます。メンタルヘルスケアを外部機関に委託するため、労働者が「企業内での相談を望まない場合」などに効果が期待できます。

労働者の変化に気づく体制が大切

メンタルヘルス不調の従業員の発生を防ぐには、これまで述べたとおり従業員へのメンタルヘルスケアを実施することや、職場環境の改善を行うことが効果的です。
もし、メンタルヘルス不調がある従業員が発生してしまっても、早めに発見することが、早期回復のために重要です。
メンタルヘルスの不調に陥っている労働者は、いつもと違う様子が目立つようになります。たとえば、「遅刻・早退・欠勤が増える」「服装の乱れが目立つ」「仕事の効率が悪くなる。思考力・判断力が低下する」など、マイナスな変化が多く見られます。
「いつもと違う様子」に注意しましょう。

また、メンタルヘルス不調に陥っているように見えても、本人は気がついていないというケースも少なくありません。
日頃から従業員に関心を持って接することと、部下が相談に来たときに真摯に対応してあげることが大切です。
従業員の健康や満足感と組織の生産性を両立させることは可能であり、むしろ両者には相互作用がありお互いに強化することが出来るとする考え方が示されるようになってきました。
このような考え方は「健康経営」と呼ばれる取り組みとして、近年実践されつつあります。
健康経営とは「従業員の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」を意味します。
組織が経営理念や長期的なビジョンに基づいて、健康経営を実践することによって、従業員の活力向上、組織の活性化や生産性向上、さらには医療費の抑制などにつながることが期待されています。

仕事をするうえで、ストレスが発生するのは避けられないことです。しかし、過剰にストレスのかかる職場環境になっていないかどうかは、気をつけてチェックしなければなりません。
メンタルヘルス不調は早期の発見・迅速な対応が必要になります。そして、事業主と労働者との距離が近い、中・小規模の事業場では普段からのコミュニケーションがより重要になるのです。

メンタルヘルスケアに取り組む企業であるかどうかは優秀な人材の確保や定着率とも切り離して考えることは出来ません。この機会に、一度自社のメンタルヘルスケアへの取り組みを見直してみてはいかがでしょうか。